
2017年6月11日。この日、ラファエル・ナダルは伝説になった。
2005年初夏、全仏オープン会場、ローラン・ギャロスの赤土コートに、19歳のラファエル・ナダルが登場した時のことは、今なお鮮明に、フランス人の脳裏に刻まれている。長髪で鋭い視線を持った、ラテンの血を強く感じさせる若者。スペインはマジョルカ島からやって来た青年は、強烈な個性と強さで快進撃を続け、観客の目を釘付けにし、大会初参加初優勝という快挙を成し遂げた。
その後のナダルの活躍は世界中が知る通り。2008年まで4年連続この大会のタイトルを手にし、10年からは5年連続優勝。もはや、彼なくして全仏オープンは語れなくなった。そして今年、1セットも落とすことなく前代未聞の10度目の優勝。“La Décima”と刻まれた優勝杯を抱きしめ、高らかに掲げたナダルの右腕には、リシャール・ミルのRM27-03が、鮮やかに輝いていた。

テニスほどタフなスポーツはないだろう。男子シングルス、5セットマッチの4大大会。球足が遅い赤土の全仏オープンでは、時に5時間を超えてプレイヤーは戦い抜く。ラファ、と愛情を込めて呼ばれる彼のプレーは、常に自身の最高を出し切り、限界を超えて突き進む美しさがある。内に熱い闘志をたぎらせつつも、冷静沈着なプレー。いい時も悪い時も感情を顔に出さない。冷たくも熱い血が通う、彼は戦士だ。
球足が速いグラスはもちろんハードに比べても球足が遅い、クレーコート。サービスエースや、サービス&ボレーなどの短い戦略では、全仏で勝つことはできない。じっくり時間をかけ走り抜いた末に相手のエラーを誘ったり、ラインギリギリの深いショットで相手の腕が届かない場所に丁寧に球を打ち込まなくてはいけない。ラファは、ワンポイントずつ、その瞬間に全力を尽くして立ち向かう。究極の気迫が、長い試合時間中ぶれることがない。いまだかつて、彼が、試合中に大声を出したり、ましてやラケットを投げつけるシーンなど見たことがない。ラファが挑むのは、常に自分自身の限界だ。

時計界で究極を追い続けるリシャール・ミルが、そんなアスリートに魅了されたのは2008年。限界の先への情熱を持つ二人の男が出会い、2年後、RM 027が誕生した。「君と時計を作りたい」というリシャールからの提案に、ラファは最初、難色を示したという。わずか1gの重みがプレーに影響するテニス。事実、それまでラファの手首に時計がはめられたことはなかった。リシャールは2年後、重さを感じさせない軽さ、抜群の装着感、そしてタフな試合条件下でも精度を極める、前代未聞のトゥールビヨンウオッチを捧げた。この年、ラファはRM027を相棒に、全仏、全英、全米の三つのトーナメントを制覇。その後5年にわたり全仏の優勝杯を、リシャール・ミルの時計をはめて掲げ続けた。そして今年、新作RM27-03を腕に、3年ぶり10度目の優勝を果たし、生きた伝説になった。
2010年初夏。全仏オープンテニス開催中。会場内に設置されたリシャール・ミルのレセプションルームに、ラファエル・ナダルが登場した。集ったプレス関係者の視線は、彼の右腕に寄り添う、誕生したばかりのRM 027に釘付け。と、おもむろにラファが時計を外して、こちらにポンと投げてよこした。相手は、精巧なトゥールビヨンを備えた超高級メカニカルウオッチ。慌てて出した手のひらに、羽のように軽いオブジェがふわりと舞い降りた。自分の重量感覚が狂ったかと感じる非現実的な軽さ。思わず目を近づけてのぞき込むと、透明なガラスの向こうに、トゥールビヨンが息づく実に美しく繊細なムーブメントがあった。
エクストリームを追求するウオッチメーカーが、同じくエクストリームを追い続けるテニスプレーヤーと共に作り上げた、奇跡のウオッチ。タフなプレー中でも、精度を保持した耐久性と装着性を兼ね備えるという、常識的に考えたら実現不可能な取り組みに、リシャールはラファの協力を得つつ、2年をかけて取り組んだ。いくつかの試作品が、ラファのパワープレーの中でバラバラになったこともあった。航空宇宙産業やF1でも利用される密度2・55㎎/㎤というリチウム合金でトゥールビヨン・ムーブメントの柔軟性と衝撃抵抗を高め、その究極の精度を弾性と強度を併せ持つカーボンコンポジットのケースで完璧に保護。裏ぶたとミドルケースを一体化し、本体わずか13gという信じがたい軽量化を実現。こうした取り組みを経て、時計史にその名を永遠に残すことになるRM 027が誕生したのだ。
「コラボレーションとは、既存の時計をつけてもらい、一緒に写真を撮ることではない。オルロジュリーの未来のビジョンの糧となるものを二人で作りたかった。精度、性能、軽さにおけるエクストリームな追求という挑戦に、我々は挑み、そして勝ったのだ」(リシャール・ミル)

自社開発の1万Gの衝撃を吸収するモノコック地板や、クオーツTPT®が生み出す唯一無二の鮮やかな色など、最先端の技術を駆使して完成させた、究極の時計。手巻き、ケースサイズ47.77×40.30㎜、クオーツTPT®+カーボンTPT®ケース×イエローコンフォートストラップ、世界限定50本、96,120,000円(予価)
その反響と評価はすさまじく、限定50本は即完売。2013年には、ケース内にサスペンションムーブメントという画期的な構造を備えたRM27-01が登場。2015年には、自社開発のカーボンTPTⓇを駆使し、ミドルケースと地板を完全一体化させ、さらなる剛性と耐衝撃性を強化したRM27-02を発表。そして、よりパワーを増すラファのテニスに共鳴するかのごとく、今年は、1万Gという驚異の衝撃からムーブメントを守る革新的なケースと、クオーツTPTⓇが生み出す、スペイン国旗を彷ほう彿ふつさせる鮮やかな色合いのベゼルを備えた、最新作RM27-03が誕生。こちらも、発表段階で、世界限定50本は注文が殺到。その誕生と同時に幻のピースになった。並行して、トゥールビヨンを入れないRM 035シリーズも2011年を皮切りに3本がリリースされた。
時計界きってのアバンギャルディストのリシャール・ミルと、世界最高峰のアスリートのラファエル・ナダルによる奇跡のウオッチ・シリーズ。エクストリームな作品集だ。
●リシャールミルジャパン TEL03-5807-8162
※『Nile’s NILE』2017年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています