ボジョレーの帝王に謁見して

December 16, 2022 Text Yasushi Matsuami
December 12, 2022 Last modified

ボジョレーワインの立役者、ジョルジュ・デュブッフ。1988年に氏と面会した際のエピソードをまつなみ靖が振り返る。

ボジョレー・ヌーボー解禁!」「ボジョレーワインの基礎知識」から続く

デュブッフ氏画像

筆者は、1988年にボジョレーを訪ね、ジョルジュ デュブッフ社を取材したことがある。2020年に残念ながら鬼籍に入られた創業者ジョルジュ・デュブッフ氏にもお目にかかった。

「“ボジョレーの帝王”だとか、皆さんが好きなようにお呼びになればいいですが、私自身はそんなことを意識したことはありませんよ」
 
デュブッフ氏は、そう言って肩をすくめてみせた。その風貌からは、「帝王」という言葉が持つ傲慢なニュアンスや、一代で世界的な企業を築いた奢おごりのようなものは、微塵も感じられなかった。誠実な哲学者のようなオーラを放っていたように記憶している。
 
デュブッフ氏は、1933年ボジョレーに隣接するマコン地区生まれ。実家はわずか7ヘクタールの零細な白ワイン農家だったという。18歳で学業を終えると、自身のワイン造りを目指し、試行錯誤を繰り返しながら自分で造ったワインを瓶詰めし、販売を始める。地元の生産者との関係を広げ、徐々にビジネスを大きくした彼は、64年にジョルジュ デュブッフ社を設立。ボジョレー・ヌーボーの解禁日が制定されて13年が経っていたが、3年後の67年に11月15日が解禁日に改められると、この祝祭イベントはボジョレー周辺からパリへ、そして海外へと広がり、これに合わせて事業を拡大。ボジョレー地区の生産者の約3分の1を傘下に収める一大ネゴシアンへと成長を遂げる。この間に、フレンチガストロノミー界の“帝王”的な存在となるリヨンのポール・ボキューズ氏が、そのワインを気に入り、二人はお互いをリスペクトする生涯の友になっていく。
 
デュブッフ氏のテイスティングの様子も印象深い。彼は、毎朝5時半に出社し、朝、昼前、夕方の3度にわたりテイスティングを行っていた。その数、1日に300種。その全ての特徴を瞬時に捉え、記憶し、どうブレンドすれば最良の結果が得られるかを判断する。その能力ときたら、だれにもまねのできないものと舌を巻いた。

「取り立てて天才的なことではありません。俳優が台詞を覚え、マラソンランナーが時速20㎞で走れるのと同じように、仕事に厳しく向き合っているだけです。ワインは1年に一度しか造ることができない。だから細心の注意と努力を傾けなくてはいけないし、情熱を注ぐ価値があるのです」

「ジョルジュ-デュブッフ-ボジョレー-ヌーヴォー-2022-セレクション-ドデュブッフ」

テイスティングの際、ワインを口に含み、味と香りを確認するとシンクに向かって瞬時に吐き出す。その仕草が実に見事で素早く、常に同じ軌道でワインが飛んでいく様にも驚かされた。
 
ボジョレーワインの魅力を、デュブッフ氏はこう語ってくれた。

「ボジョレー地区には、小規模なブドウ農家が多いのですが、皆オープンでいい方ばかり。そんな土地柄が、ボジョレーワインに反映されています。アロマに富み、フルーティーかつ繊細でエレガント。ブドウそのものを表現しているような魅力や楽しさがある。親しみやすくワイン初心者でも、また一日のどんな時でも、例えば午前10時に友人とソーセージをつまみながら、という時でもフィットします。その一方、クリュ ボジョレーのように、しばらく寝かせて楽しめるワインもある。実は先日、大切な来訪者のために45年の『ムーラン・ナ・ヴァン』を開けたのです。偉大なブルゴーニュのニュアンスの一方、ガメイ種の特徴がしっかりと感じられ、実にファンタスティックでした。通常は5~10年ほどの熟成に耐えるのですが、よいヴィンテージのものは、さらに長命なのです」
 
ワイン造りで大切なことを尋ねると「自分のスタイルに忠実なワインを造ること」と答えた、このボジョレー最大の功労者は、今はもういない。しかし後継者や、この地区の新たな世代の生産者が、ボジョレーの世界観を継承・発展させている。
 
近年、ブルゴーニュやボルドーが高騰し、入手しにくい状況が続いている。その中で、ボジョレーへの関心が欧米では高まり始めているという。食事と合わせて楽しむ可能性の広さに気付いているシェフやソムリエも少なくない。そもそもボジョレーからリヨンにかけてのエリアは美食で知られ、ボジョレーワインをハウスワインとして置いているレストランやビストロも多い。日本でもワイン文化が浸透し、成熟してきた今こそ、ワイン愛好家が改めてボジョレーに目を向け、その価値を正当に評価する時ではないだろうか。
 
能書きはさて置き、まずは2022年のヌーボーで乾杯したい。すでに味わった方も、これからという方も、今世界を取り巻くさまざまな困難を乗り越えて届いた、生まれたての自然の恵みに、感謝を捧げよう。そこから始めればいいじゃないか、Santé‼

●取材・写真協力/サントリー

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