
鳥取県には数百年に亘って牛と関わってきた歴史がある。その中で培われた良質な肉づくりの伝統がある。
始まりは平安時代だ。大山寺(だいせんじ)の高僧、基好(きこう)上人が「大山寺の地蔵菩薩は牛馬守護の仏」と唱えたのを機に、牛馬とともにお参りする人が増加。これが後の大山牛馬市につながったという。さらに明治末期、外国種の導入により和牛との交配が進められると、鳥取県は全国に先駆けて和牛の登録事業を始動。血統を登録し、改良目標の下で育種改良に取り組んだ。
うまさの系譜
鳥取県畜産試験場:科学の力で畜産を支える
改良を重ねて約40年を経た1966年、〝怪物種雄牛〟が誕生した。「気高(けたか)」号だ。生涯約9千頭の子孫を生んだ気高は、全国ブランド牛の始祖の一つとされる。もちろん現在高い評価を得ている「白鵬(はくほう)85の3」「百合白清(ゆりしらきよ)2」をはじめ、鳥取生まれの多くの種雄牛にも「気高」号の優れた遺伝子が脈々と受け継がれている。
では優良な種雄牛は、どのようにして造成されるのか。最重要ポイントは、遺伝子にある。このプロセスを担う鳥取県畜産試験場では、自治体で初めて遺伝子研究の設備を導入。先進的なゲノム解析を行っている。
「一般的に牛は人工授精によって繁殖させます。ここではそのために必要ないい種雄牛の凍結精液を製造し、県内外に販売しています。優秀な種雄牛を造成するには、まず優秀な父と、母を探し、生まれた子牛の発育状態・体型等を見る検定試験、さらに精液の検査を受けた後、自身の子の肉質を確認する試験に合格してはじめて、種雄牛として認められます。その期間は5年を要します。それが遺伝子を調べるゲノム解析を使えば、無駄なくスピーディーに優秀な種雄牛をつくることが可能になります。また昨年からは子牛セリで、取引される子牛に、血統に加えてゲノム解析による肉質評価値の表示を始めました。子牛の能力を保証して販売すれば、買う側は安心して買えるし、売る側の繁殖農家も親牛として残すべき牛と出荷して肉にする牛を明確に判別できます。ゲノム解析技術を活用して、鳥取和牛が全国の和牛をリードしていく存在になりたいですね」
野儀室長は、最先端科学を駆使した育種改良を通して畜産農家を支えている。
では鳥取和牛は、どのように育てられるのか。西部・中部・東部を代表する三つの牛舎を訪ねた。
子牛の出産を担う繁殖牛舎
前田牧場:繁殖専心18年。進化を目指す
最初に向かったのは西部、前田牧場。数日前に初冠雪を戴いただいた大山のふもとで繁殖を手がける牧場だ。経営するのは「生まれながらにして牛飼い」を自任する前田皓(ひかる)さん。幼い頃から父の牧場を手伝い、20歳で独立。肉用牛繁殖経営に新規参入したという。
「こちらの牛舎には今、育成中の若い20頭を含めて約110頭の母牛がいます。彼女たちが年に80~90頭の子牛を産みます。今は母子が半年ほど同じ牛舎にいますが、11 月末には、分娩させる牛舎と小さい子たちを入れる牛舎を新設する予定。いろんなばい菌を持ち込むカラスを排除するなど、環境を改善します」
前田牧場の牛は、母牛も子牛も「人なつっこい」と評判だそうだ。それは前田さんの〝牛愛〞の表れ。肉質にもいい影響を与えているに違いない。
「牛という生き物を相手にするこの仕事に、完璧はありえない。つまりゴールがない、そこがおもしろいですね。すばらしい肉質の鳥取和牛に育てるにはどうすればよいか、掛け合わせや飼料、環境、接し方など、あらゆる視点から試行錯誤を続けます」
そう語ってくれた前田さんは「将来的には肥育、販売も手がけたい」と意欲的だ。
「鳥取和牛の明日を担う4人衆鳥 後編」に続く