エスキス リオネル・ベカ

料理は瞬間の芸術だ。その記憶は何十年も我々の五感の中に残り続ける。その瞬間に全エネルギーを注ぐ五人の料理人が、ポップアートの天才アンディ・ウォーホルの世界に挑んだ。Photo Masahiro Goda Text Hiroko Komatsu
「アンディ・ウォーホルの作品にインスピレーションを得た料理を、というテーマをもらったとき、正直、最初はお断りしようと思いました」と、リオネル・ベカさんは言う。ウォーホルほど有名なポップアートの旗手だと、どうしてもイメージが固定してしまい、作品を料理へ変換することに抵抗を感じた、というのが理由だった。
ただ、その後、いろいろ調べてみるうちに、これまで知らなかった抽象的な絵に出合い、一人の画家としての力量に心を揺さぶられる体験をした。そして、絵から発せられるエネルギーを料理に落とし込むという作業に興味を持ち、自身のエクササイズにもなると思い、改めて仕事として受けることにしたのだそうだ。
その絵のタイトルは「Abstract Painting」。ずばり抽象画だ。1987年に没した氏の晩年の作品である。こうした抽象画をウォーホルが描いていたことは、あまり広くは知られていないが、まさに心の中から湧き出した思いが、色や形を通して一枚の絵として結実し、見る者に訴えかける。
この抽象画はシリーズ作品で、ベカさんが選んだのは、力強い赤と黄と白の面と線が交錯し、生き生きとした動きが感じられる一枚。1982年に描かれた作品だ。「この絵を見て、どうしても夏の名残を表現したくなり、バターナッツカボチャといくらを使うことを考えました。ただ、それだけの素材から一皿として完成させるまでには、ウォーホルのこの絵が大きな示唆をくれました」

カボチャの重量感が皿の中で存在感を増し、いくらが繊細な線となる。そしてカボチャのペーストが黄色の面となり、皿の余白を埋める。白い泡がアクセントとなり、見事な一皿に仕上がった。
ベカさんは言う。「でもこの作業は、決して絵に似せた料理を作り出すということではありません。絵をよくよく鑑賞し、読み解き、ウォーホルが何を描きたかったのかという気持ちに思いをはせ、それらを一度自分の中で咀そ 嚼しゃくした後に、食材と向き合いました。絵からインスピレーションを受け取るとは、絵から発せられる力を受け取るということですから」と。
画家と料理人に共通点があるとすれば、一つの作品を生み出すのに、画家が絵の具で色をのせていくように、料理人は素材で色をのせていくというところだろうか。
しかし、ベカさんは皿の上の料理をアートであるとは思っていないのだそう。なぜなら盛り付けは、視覚的要素であって、味を反映しているもの、または連想させるものでなければならないから。ベカさんの考えである。ただ、料理もアートもどちらも心の、また体の栄養になるという意味では共通項があると言えるのではないだろうか。
絵を描く母のもとに生まれ、幼い頃からアートが身近にある環境の中で育ったというベカさん。初めてウォーホルに触れたのは、15 歳のときだった。ベカさんにとって、アートはまさに栄養なのだ。

リオネル・ベカ
1976年、フランス・コルシカ島生まれ。97年から「ル・サントラル」「ギィ・ラソゼ」「ペトロシアン」で研鑽を積み、2002年には「メゾン・トロワグロ」のスーシェフに就任。06年、東京にオープンする「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のシェフに任命され来日し、5年半同店のエグゼクティブシェフを務める。12年、「ESqUISSE」エグゼクティブシェフに就任。『ミシュランガイド東京2013』より、継続して二つ星の評価を得る。
ESqUISSE
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