
リューズ 飯塚隆太
「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」。ウォーホルの言葉だ。
「一理あるでしょう。でも僕はこの言葉に、完全には賛成しかねるんです」と、飯塚隆太さんは言う。
ウォーホルは、たとえば「キャンベルのスープ缶」のように、人々が特別に意味を見いださないものをあえてモチーフに選んでいる。その一方で、それまでの絵画は、基本的に、何らかのストーリーや激しい感情を描くことで見る人の心を動かしてきた。しかしスーバーに並ぶスープ缶に、誰が意味を見いだし感動するだろうか? 「そんな人はいないでしょう。だからウォーホルは作品から意味を消すことに成功しているんです」
と同時に、「表面から裏を完全に排除するのは、結局は無理だと思います。見た目には、どうしたってその人の思考の蓄積や、生きてきた証が投影されるものですから」とも言う。だから、冒頭のウォーホルの言葉に飯塚さんは「完全には賛成しかねる」のだ。そんな違和感を今回の料理の出発点とした。
「この料理、上から見たらただの焼いた仔羊です。写真から伝わるのはそれだけ」。しかし実際には、仔羊の下にはラタトゥイユが置かれている。しかもそのラタトゥイユは色彩が美しく、食感のリズムも軽快。もちろん仔羊の火入れはしっとり、かつ香ばしく、プロにしかできない仕上がり。そして「仔羊とラタトゥイユ」という南仏郷土料理、ひいてはフランス家庭料理の定番の組み合わせを踏襲している。

つまり、この料理は、まったく「ただの焼いた仔羊」ではない。プロの発想と技術で、伝統料理をガストロノミーに昇華させた一品なのだ。さらに言えば、飯塚さんの歩んできた道のりも反映している―若いときにフランス料理に憧れ、必死で技術と知識を身につけ、フランスに行って郷土性や歴史に感動した。そうした経験がこの料理のベースにはある。
「この料理を見たときに『なんだ、ただの焼いた仔羊か』と判断する人もいれば、視点を変えて『下にラタトゥイユが隠されている、凝っているな』と気づく人もいるでしょう。さらに、『ラタトゥイユと仔羊という伝統を踏まえたうえで、それを洗練させている』ということにおもしろさを感じる人もいるかもしれない」
こうした“食べる側の受け取り方”を、料理人はコントロールできない。
「ウォーホルのアートも同じでしょう? 『写真に色をのせただけ』と、アートだと認めない人もいれば、『大量生産の時代を斬新に表現している』と感動する人もいる」
今回、ウォーホルの言葉を深く掘り下げてインスピレーションを得た飯塚さん。「苦労しましたよ! お題をもらってから2週間以上、このことがずっと心に重くのしかかって……。それに実はウォーホルのことは深くは知らなかったので、YouTubeでたくさん勉強しました(笑)」
最終的にこの料理を思いついたのは撮影の3日前。「今は解放感しかない(笑)。あとは、この料理の写真を見た人に、すべてをゆだねます」

飯塚隆太 いいづか・りゅうた
1968年、新潟県生まれ。専門学校卒業後、「第一ホテル東京ベイ」「ホテル ザ・マンハッタン」などを経て、94年「タイユバン・ロブション」の部門シェフに就任。97年に渡仏し、「トロワグロ」「ジャンポール・ジュネ」などで修業。帰国後、ジョエル・ロブション氏の系列店で研鑽を積み、2005年「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」のシェフに。11年「リューズ」をオープン。12年版『ミシュランガイド東京』で一つ星、13年版以降は二つ星の評価を得ている。
●リューズ
東京都港区六本木4-2-35 アーバンスタイル六本木B1F
TEL03-5770-4236 restaurant-ryuzu.com

次回は、銀座小十の奥田透シェフによる一品。