
「東西を俯瞰する眼—帝国ホテルとライト— 前編」から続く。
日本の迎賓館、誕生
帝国ホテルが誕生したのは、ライト館の開業より30年余りさかのぼる明治時代半ば、1890(明治23)年のことである。日本が近代化に向かってまっしぐらに進んでいた時代、海外の賓客をもてなす「日本の迎賓館」としてスタートを切った。発起人の一人は、後の初代会長、渋沢栄一。明治維新の混乱も落ち着き、「日本ももはや世界の一等国だ」との自信を深めた政官財のリーダーたちは、国の威信をかけて、この最高級ホテルをつくり上げたのだ。初代の建物は、ネオ・ルネサンス様式の木造3階建て。その堂々とした壮麗な姿を、江戸城外濠の水面に映していたという。
そして帝国ホテルは、隣接する鹿鳴館ともども「欧米と対等な関係を築く」という重大な使命を担ったのである。
ライト館に始まる「革新の歴史」
林愛作は長らく外国人支配人を起用してきた帝国ホテルが招しょう聘へ いした初の日本人支配人だ。大変な「外国通」であり、欧米の一流ホテルに宿泊した経験も豊富な彼は、「ホテル経営の一切を任せる」ことを条件に支配人を引き受け、革新的なアイディアを実現していった。
例えばランドリーサービス。当時、宿泊客の多くは海外から長い船旅を経てやって来た。「当然、洗濯物がたまっているはず」と考えた林は、洗濯部を新設。お客様の洗濯物をお預かりし、取り扱う態勢を整えた。またホテル内に送迎のための自動車部や郵便局を設けたのも、帝国ホテルが初めてだ。
もちろんこういった革新の精神は、ライト館とも共鳴した。例えばホテル直結のショッピング街「アーケード」。宝石店や日本の特産品を扱う店など19軒が軒を連ね、海外ゲストを魅了した。また結婚の挙式と披露宴をホテルで行う「ホテルウェディング」や「ディナーショー」など、新しい文化を生み出した。帝国ホテルの“初めて物語”は枚挙に暇がない。
このように帝国ホテルは、お客様が快適に過ごすための宿泊の場というだけではなく、人々がさまざまな形で交流する社交の場と捉え、新しい文化を創造していったのだ。
ライト館は40年の長きにわたって最高のおもてなしを提供し続けた。現在の本館は1970(昭和45)年に竣工されたもの。その13年後に完成したインペリアルタワーとともに、客室とオフィス、ショップ&レストランが一体として機能する、非常に先進的な空間になっている。特筆すべきは、そこにライト館時代のレガシーがしっかり継承されていることだ。例えば「オールドインペリアルバー」。店内にはライト館当時の壁画やテラコッタ、大谷石などが使われている。またライトへのオマージュか、その名も「フランク・ロイド・ライト®スイート」がある。ソファや照明、ドアのガラスなど、随所にライトの意匠を再現した客室だ。いずれもライト館の当時の面影を今に伝える。
レガシーとおもてなし
貴重なレガシーがもう一つ。開業以来、時代とともに磨き上げられてきた「おもてなしの心」だ。80歳にして現役、小池幸子さん(宿泊部客室課マネジャー)はその象徴的存在と言えるだろう。入社2年目にライト館に配属された彼女は、主に年単位で長期宿泊する外国人客を接遇していたという。
「密着サービスですよね。当時は連日の夜勤が当たり前で、お客様とともに過ごす時間が長い分、仲が深まり、親しみが増します。きめ細かな配慮をしながら、日々接遇することで、おもてなしのすべてを学ぶことができました。当時から心底仕事が楽しく、その気持ちは今も同じです。時代とともにおもてなしの形は変化しますが、密着というキーワードの重要性は不変ですね」
約8年後に現本館の建て替え開始が予定されている帝国ホテルだが、小池さんは次世代に「心からの笑顔と家庭的なぬくもりを大切にするおもてなしの精神」を伝えたいと言う。それこそがまさに帝国ホテルのレガシーなのである。
●帝国ホテル 東京
東京都千代田区内幸町1-1-1
TEL03-3504-1111
www.imperialhotel.co.jp