東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編

帝国ホテル 東京

January 6, 2023 Photo Satoru Seki Text Junko Chiba
January 10, 2023 Last modified

2023年、帝国ホテル2代目本館・ライト館が開業100周年を迎える。ライト館に象徴される帝国ホテルのナショナルブランドとしての先進性に改めて注目したい。

ライト館の全貌を再現した模型
ライト館の全貌を再現した模型。「東洋の宝石」と称された美しさを彷彿とさせる。客室がシンメトリーに配置された設計は、京都・宇治の平等院鳳凰堂にヒントを得たとされる。現在、正面ロビー特設スペースで「The WRIGHT IMPERIAL; A Century and Beyond」を開催中。この模型に加え、ライト館を中心とする帝国ホテルの歴史と今日に継承される文化を、現存する貴重な資料とともに展示している。

東西を俯瞰する眼—帝国ホテルとライト— 前編」から続く。

日本の迎賓館、誕生 

帝国ホテルが誕生したのは、ライト館の開業より30年余りさかのぼる明治時代半ば、1890(明治23)年のことである。日本が近代化に向かってまっしぐらに進んでいた時代、海外の賓客をもてなす「日本の迎賓館」としてスタートを切った。発起人の一人は、後の初代会長、渋沢栄一。明治維新の混乱も落ち着き、「日本ももはや世界の一等国だ」との自信を深めた政官財のリーダーたちは、国の威信をかけて、この最高級ホテルをつくり上げたのだ。初代の建物は、ネオ・ルネサンス様式の木造3階建て。その堂々とした壮麗な姿を、江戸城外濠の水面に映していたという。
 
そして帝国ホテルは、隣接する鹿鳴館ともども「欧米と対等な関係を築く」という重大な使命を担ったのである。

  • 「アーケード」 「アーケード」
    ホテル内外のお客様がショッピングを楽しめるよう、19の店舗を集めた「アーケード」。
    写真提供/帝国ホテル 東京
  • 「ルーフガーデン」 「ルーフガーデン」
    ルーフガーデン映画会の様子。昭和初期、夏季の約2カ月間、メインダイニングに代わりライト館の屋上に登場したレストラン「ルーフガーデン」では、ゲストへのサービスとして映画会を開催。写真提供/帝国ホテル 東京
  • 中庭 中庭
    日本の庭園を想起させるような中庭には芝生が敷かれ、季節の花々に彩られていた。
    写真提供/帝国ホテル 東京
  • 「アーケード」
  • 「ルーフガーデン」
  • 中庭

ライト館に始まる「革新の歴史」

林愛作は長らく外国人支配人を起用してきた帝国ホテルが招しょう聘へ いした初の日本人支配人だ。大変な「外国通」であり、欧米の一流ホテルに宿泊した経験も豊富な彼は、「ホテル経営の一切を任せる」ことを条件に支配人を引き受け、革新的なアイディアを実現していった。
 
例えばランドリーサービス。当時、宿泊客の多くは海外から長い船旅を経てやって来た。「当然、洗濯物がたまっているはず」と考えた林は、洗濯部を新設。お客様の洗濯物をお預かりし、取り扱う態勢を整えた。またホテル内に送迎のための自動車部や郵便局を設けたのも、帝国ホテルが初めてだ。
 
もちろんこういった革新の精神は、ライト館とも共鳴した。例えばホテル直結のショッピング街「アーケード」。宝石店や日本の特産品を扱う店など19軒が軒を連ね、海外ゲストを魅了した。また結婚の挙式と披露宴をホテルで行う「ホテルウェディング」や「ディナーショー」など、新しい文化を生み出した。帝国ホテルの“初めて物語”は枚挙に暇がない。

  • メインダイニング メインダイニング
    多くの宿泊客でにぎわっていたメインダイニングには、オーケストラボックスも用意されていた。
    写真提供/帝国ホテル 東京
  • 中庭に面したテラス 中庭に面したテラス
    中庭に面したテラスは宿泊客の憩いの場として、多くの人が集い交流を楽しんだ。
    写真提供/帝国ホテル 東京
  • ホテルウェディングも帝国ホテルが日本初 ホテルウェディングも帝国ホテルが日本初
    1925年に孔雀の間で開催された披露宴。ホテルウェディングも帝国ホテルが日本初。
    写真提供/帝国ホテル 東京
  • メインダイニング
  • 中庭に面したテラス
  • ホテルウェディングも帝国ホテルが日本初

このように帝国ホテルは、お客様が快適に過ごすための宿泊の場というだけではなく、人々がさまざまな形で交流する社交の場と捉え、新しい文化を創造していったのだ。
 
ライト館は40年の長きにわたって最高のおもてなしを提供し続けた。現在の本館は1970(昭和45)年に竣工されたもの。その13年後に完成したインペリアルタワーとともに、客室とオフィス、ショップ&レストランが一体として機能する、非常に先進的な空間になっている。特筆すべきは、そこにライト館時代のレガシーがしっかり継承されていることだ。例えば「オールドインペリアルバー」。店内にはライト館当時の壁画やテラコッタ、大谷石などが使われている。またライトへのオマージュか、その名も「フランク・ロイド・ライト®スイート」がある。ソファや照明、ドアのガラスなど、随所にライトの意匠を再現した客室だ。いずれもライト館の当時の面影を今に伝える。

  • フランク・ロイド・ライト® スイート フランク・ロイド・ライト® スイート
    フランク・ロイド・ライト® スイート
    (右)ライトのデザインを再現した「フランク・ロイド・ライト® スイート」のリビング。(左)ベッドルームもライトのデザインを随所に取り入れたこだわりの空間。
  • 書斎 書斎
    フランク・ロイド・ライト® スイート
    (右)書斎の書棚にはライトに関連する書籍の数々が並べられている。(左)ベッドルームに隣接する書斎は、落ち着いた心地いい雰囲気を醸し出す。
  • フランク・ロイド・ライト® スイート
  • 書斎

レガシーとおもてなし

貴重なレガシーがもう一つ。開業以来、時代とともに磨き上げられてきた「おもてなしの心」だ。80歳にして現役、小池幸子さん(宿泊部客室課マネジャー)はその象徴的存在と言えるだろう。入社2年目にライト館に配属された彼女は、主に年単位で長期宿泊する外国人客を接遇していたという。

「密着サービスですよね。当時は連日の夜勤が当たり前で、お客様とともに過ごす時間が長い分、仲が深まり、親しみが増します。きめ細かな配慮をしながら、日々接遇することで、おもてなしのすべてを学ぶことができました。当時から心底仕事が楽しく、その気持ちは今も同じです。時代とともにおもてなしの形は変化しますが、密着というキーワードの重要性は不変ですね」

  • 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編
    Old Imperial Bar
    (右)「オールドインペリアルバー」のバーカウンター背面には当時のテラコッタが。(左)店内奥の壁画も当時の記憶を今に伝える「ライト館のレガシー」。
  • 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編
    Old Imperial Bar
    (右)ライト館で使用され現在も帝国ホテルで時を刻む時計。(左)柔らかな光を放つスタンドライトも当時を物語るライトのデザイン。
  • 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編
  • 東西を俯瞰する眼ー帝国ホテルとライトー 後編

約8年後に現本館の建て替え開始が予定されている帝国ホテルだが、小池さんは次世代に「心からの笑顔と家庭的なぬくもりを大切にするおもてなしの精神」を伝えたいと言う。それこそがまさに帝国ホテルのレガシーなのである。

●帝国ホテル 東京
東京都千代田区内幸町1-1-1
TEL03-3504-1111
www.imperialhotel.co.jp

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